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活動地域からの声【第五回】
2011-05-26
 
「活動地域からの声」では、豊かな大地が支援活動を行っている地域に住む人々からインタビューをした内容を掲載しています。
内容は当団体の活動の活動に関係なく、その人のライフヒストリーや内戦、今の生活、そして将来の夢などを語ってもらっています。
カンボジアと人々を理解する一助となれば幸いです。

活動地域からの声【第五回】
 
今回はラスメソンハー村に住む、チャレム・ネルンさんのインタビューをお届けします。
ネルンさんは、農業訓練に積極的に参加し、現在はきのこ栽培にも力を入れ ている熱心な農家のひとりです。
他の方と同様、ポル・ポト政権時代には苦しいコミューン(強制労働キャンプ) 生活を強いられた方です。お話を伺った時「自由が一番嬉しかった」と言ったネルンさんの、 懐かしむような、それでいて決して穏やかではない遠い目が印象的でした。
 
チャレム・ネルンさん(56歳)
私はバッタンバン市の近郊で生まれました。家族は両親と三人の姉、三人の弟です。
 
内戦前、私たち家族は農業を営んでおり、とても幸せでした。どの国民も家族と暮らし、自由に行き来でき、食べ物も豊富でした。
しかし内戦が始まり、クメール・ルージュの統治が始まると、状況はとても厳しいものでした。国民は全員コミューンに住み、農業を営みました。乾季には堆肥を作り、あひるを飼い、運河やため池をクメール・ルージュのために作らなければなりませんでした。他の人も同様に大変だったと思います。食事も、片手ほどのボウルに一杯の米だけでした。
 
それでも私は生き残ろうと全力を尽くしました。そのうち私はコミューン内でグループのチームリーダーになりました。そして1978年、現在の妻と結婚しました。クメール・ルージュは自由な恋愛や結婚を許していませんでしたから、クメール・ルージュの選んだ女性との結婚でした。当然、結婚式などありませんでした。
 
クメール・ルージュ時代が終わったとき、本当にうれしかったです。自由。それが一番でした。
私は家族を探し出しました。一人だけ兄弟に出会えませんでしたが、他の家族とは再会することができました。今では妻と七人の子ども(四人の娘と三人の息子)と暮らしています。
 
将来の夢は、子どもたちに十分な教育を受けさせること、そして二度とこんな悲惨な内戦が起こらないように、国が平和であること、そしてみんなが豊かになれるようにカンボジアが発展することです。
 
世界の子どもたちには、カンボジアのことをきちんと勉強してほしいと思います。
世界から戦争がなくなるように、カンボジアの経験から学んで、平和な国を作っていってほしいと思います。
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