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活動地域からの声【第三回】
2011-01-27
今回は、果樹園を営むウルンダさんのインタビューをご紹介します。
ウルンダさんは、当団体の農業訓練に参加した村人の一人です。ウルンダさんの果樹園にたわわに実ったマンゴーがウルンダさんが一生懸命訓練に取り組んだ成果です。

ウルンダさん(30歳)
 
ウルンダさんはポル・ポト政権後生まれの明るい笑顔が印象的な青年です。
最近は、こうしたポル・ポト政権後生まれの、次代を担う若い世代を多く見かけるようになりました。彼らに話を聞くと「内戦を決して繰り返してはいけないが、将来を見つめて前向きに生きていくことが大事だ」と口をそろえて言います。
それと同時に、彼らは、日本では考えられない貧困の犠牲になった子どもたちでした。学校はおろか食事も満足に摂れない子ども時代を過ごしてきた彼らの経験は、クメール・ルージュの圧政を経験した親の世代とはまた違った困難があったはずです。
ウルンダさんも、そんな子どもだった一人です。

ウルンダさんインタビュー
私は1979年7月7日、バッタンバンの街で生まれました。2000年に結婚して、8歳の男の子がいます。
内戦のことは生まれる前のことなので、よく知りません。しかし、両親がよく私に話してくれます。父は、とても大変な時代だったと言います。父は82歳ですが、キャンプに住み、食料は少なく、厳しい労働を強いられ、ミスは許されなかったと、私に語って聞かせます。
私も父の話を聞いて、こんな内戦は二度と起こしてはならないと思っています。内戦は国を壊し、発展を妨げ、国民を貧しくします。
 
私の家族は貧しかったですが、私自身は11年生(※1)まで修了しました。
しかし、母が亡くなり、家族がますます貧しくなったので学校をやめてしまいました。(※2)将来の夢はありませんでした。そんな余裕はありませんでしたから。
しかし、結婚して家族を持つようになると、私は変わりました。農業のエキスパートになりたい。そして自分の手で家族を養っていきたい。そう思うようになりました。
 
今、私は果樹園を経営しています。今のところ順調に成功していると思います。50%は夢がかなったのではないかと思っています。もっと果樹園を大きくしたいけれども、今の私にはその知識がありません。PDA(※3)のトレーナーからもっと学んで、たくさんの木を植えて果樹園を大きくしたいです。
 
カンボジアは農業国です。人々は戦わず、平和に、もっと農業を推進して、みんなで協力して先進国になる日がくるといいと思います。
また、日本の子どもたちにも同じことを言いたいです。争わず協力して、国を発展させてほしいです。
 
(※1)11年生:日本の高校2年生にあたる。
(※2)農業を営んでいる場合、働き手が一人いなくなると収入に大きな影響が出るため、家族が貧しくなり、子どもが働き手を担うことになる。
(※3)PDA:バッタンバン州農業局。当団体と一緒に農業訓練を行っている。
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