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豊かな大地 現地スタッフ モン・ソンバースさん
2010-06-24
ソンバースさんは、豊かな大地を創立当時から支えてくれるカンボジアの現地スタッフです。各国NGOのスタッフとして働いていた経験も豊富で、カンボジアのあらゆる問題に精通した心強く、また得がたい存在です。
 
今回はソンバースさんに、これまで歩んできた人生をインタビューしました。
 
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私は1966年生まれです。内戦のため家族が離散してしまったので正確な誕生日
は分かりません。
生まれはプノンペンです。家族は両親と2人の姉、私は末っ子でした。
父は王立病院の医師、母は主婦でした。王宮の近くに住み、とても幸せでした。
家族全員でクメール正月をお祝いして楽しかったのを覚えています。
 
内戦が始まると、今でも覚えていますが、1975年5月17日、父が一番上の姉を
除いた家族全員で、プノンペンから100kmほどのところにある父の故郷に
疎開しました。一番上の姉は祖母のところに疎開しました。
ここで5年間を過ごしました。
 
しかしある日、クメール・ルージュがやって来て我々家族をばらばらに連行
しました。
我々だけでなく、国民全員を、それぞれ性別と年齢ごとに分けて、農村で働
かせたのです。
 
当時14歳の私は男の子ばかりのグループで地方で農業をしました。
乾季には牛の糞から堆肥を作ったり、作物の種や種籾探しをさせられました。
堆肥のバケツは4キロづつのものを両手に持たされ、とても重かったです。
雨季には稲作ととうもろこし、ピーナッツなどを作りました。
 
食事は1日2回、昼と夜に、片手ほどの小さなボウルに一杯の米だけでした。
いつも空腹で、しかし規律が非常に厳しかったので、皆必死で働きました。
 
1979年、内戦が終わると、グループは解散しました。
 
私はとても嬉しかった。収穫したものはクメール・ルージュのものではなく、自分自身のものなんだと。
自分のものが持てる、自由なんだ!本当に嬉しかったです。
 
そして私は家族を探すためにプノンペンに帰りました。
プノンペンは破壊しつくされ、別の政党が支配していました。
 
一番上の姉と何人かの親戚を探し出すことはできましたが、両親と他の兄弟とは
いまだに出会えていません。おそらく、クメール・ルージュに殺されてしまった
のだと思います。
 
1983年、16歳のときから学校に復帰しましたが、学校や先生は政党の影響を強く受け、自由な勉強をすることができませんでした。
そこで、私はタイ国境を越えたところにある難民キャンプを目指すことにしました。
そこでなら自由な勉強ができると聞いたからです。 難民キャンプまでは一人で、歩いていきました。
途中にはまだクメール・ルージュがいましたから、とても危険な道のりでした。
あるとき、帰還民が乗ったトラックを、クメール・ルージュが止めようとしま
した。しかし、トラックは止まらず、走り去ろうとしたその時、自動小銃と
機関銃でトラックを攻撃したのです。
私は物陰に隠れていたので助かりました。
 
私は本当に幸運だったと思います。
多くのカンボジア人が殺され、生き残った70%が怪我を負ったのですが、私は
助かり、怪我ひとつ追わなかったのですから、奇跡です。
 
その後、難民キャンプにたどり着いた私は、教育を受けることができました。
難民キャンプには18万人の人々が安全を求めて集まっていました。
私は今ではタイ語、英語の読み書きもできます。難民キャンプでの教育のお
かげです。教育はなにより重要なのだと実感しました。そのおかげで私は国際機関で
働くことができるのですから。
 
NGOなどで働くことは容易なことではありませんが、自分の能力を生かすことができ、また社会のためになります。
皮肉なことですが、クメール・ルージュの元で働いた経験が、私を強くしてくれています。
日本は平和で豊かな国だと聞いています。またTVなどでも見ています。
日本の子供たちには、たくさん勉強して、世界にたくさんある戦争やその他の問題と向き
合ってほしいと願います。
そして、カンボジア人として豊かな大地と支援してくださる皆さんに感謝します。
農業国であるカンボジアの元地雷原に住む約400人の人々が、豊かな大地の農業訓練で自立し、よりよい生活を手に入れることができたのですから。
 
個人的な将来の夢は、将来は3人の子どもたちによい教育を与え、できれば全員を
大学に行かせたいと思います。
子供たちとこの国の、よりよい将来のために…。
 
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ソンバーさんは2010年10月、山梨県国際交流協会の招聘を受け、TV出演、山梨県国際交流
センターでのトーク&ディスカッション、また山梨県立初狩小学校での国際理解教育イベント
に協力しました。
そこで、日本の人々にカンボジアの農業や地雷問題、子どもたちには直接平和の尊さ、命の
大切さについて語りかけました。
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